Our Story
言えなかった
『ありがとう』を、束ねて
工房の香りと、遠い背中
僕の父は、田舎町の大工です。
亭主関白で、職人気質
口数も少なく、幼い頃の僕にとって、
父は少し遠い存在でした。
そんな父との距離を、
ふっと縮めてくれるものがありました。
仕事から帰った父の作業着から香る
あの木の匂いです。
工房の隅にある鉋屑(かんなくず)の
山に顔をうずめると、
少し甘くて、懐かしい香りに包まれる。
それは、不器用な父と僕を繋ぐ、
言葉のない対話のようでした。
長男だから、いつかは家業を継ぐだろう。
そう思いながらも、僕は父とは違う道を選びました。
同じにはなれないという劣等感と
この手で何か新しいものを
生み出したいという
若さゆえの
焦りがあったのかもしれません。
父の一言
大学を卒業と同時に故郷を出て、
都会の建築設計の道へ進んだのは、
それが、大工である父と繋がれる、唯一の方法だと思ったからでした。
いつか、この世界で、父と共に何かを成し遂げたい。
そんな想いを、胸に秘めて。
しかし、現実は、僕の心を少しずつ削っていきました。
積み上がる図面と、自分の無力さ。
「この仕事は、向いていない」
そう気づいてしまった時、本当の絶望が訪れました。
建築を辞めることは、
僕にとって、父との繋がりを自ら断ち切るのと同じでした。
辞めたい。でも、父を裏切れない。
身動きが取れなくなった僕の心は、
ある朝、ぷつりと糸が切れました。
震える手で、父に電話をかけました。
これは、敗北宣言でした。
「ごめん…建築を、辞めようと思う」
受話器の向こうの、いつもと同じ、ぶっきらぼうな声。
「 そうか。気にするな 」
その一言が、僕を縛っていた全てのものを、
解き放ってくれました。
仕事の繋がりがなくても、大丈夫だ、と。
そう言ってくれた気がして、
涙が止まりませんでした。
不器用な僕にできること
あの電話がなければ、
今の僕はありません。
今の妻と出会えたのも、
もう一度前を向いて歩き出せたのも、
全てはあの一言のおかげです。
父に、この感謝を伝えたい。
でも、面と向かって
「ありがとう」なんて、
照れ臭くて、どうしても言えない。
僕だけじゃない。
きっと多くの人が、
大切な人に伝えたい想いを胸に
しまいこんでいるんじゃないだろうか。
家族に、恩師に、友人に。
近しい相手だからこそ、素直になれない。
そんな、もどかしい気持ちを。
そんな時、ふと、あの鉋屑の香りを
思い出しました。
それは、父が家を建てるたびに生まれる、
仕事の証。
でも僕にとっては、
父との記憶そのものでした。
この、捨てられるはずだったものに、
言葉にならない感謝を込めることは
できないだろうか。
鉋屑で、花を作る。
それは、僕自身の父への
想いから始まりましたが、
いつしか、世の中の言えない
「ありがとう」を形にする、
という大きな目標に変わっていきました。
この花が、あなたの言葉になる
大量生産のモノが溢れる時代の中で、
人の手から生まれるものの価値や、
一つのモノが持つ物語は、
見過ごされがちです。
僕の父が守ってきたような、
職人の技術や想いも、
少しずつ忘れ去られようとしています。
この鉋屑の花に託すのは、
大げさな社会変革ではありません。
ただ、二つのささやかな願いです。
一つは、
あなたの言えなかった「ありがとう」の
代弁者になること。
この花が、あなたとあなたの大切な人との間に、
温かい対話を生むきっかけになるのなら。
そしてもう一つは、
この花に触れた人が、
モノの背景にある物語や、
作り手の温もりに、
少しだけ思いを馳せてくれること。
僕自身の、父への
不器用な想いから生まれたこの花が、
誰かの、そしてあなたの「ありがとう」を乗せて、
美しく咲き誇ってくれることを、
心から願っています。
キクズノハナ 田中