人のテリトリーについて ― 電車の席で見つけた小さな習慣

空間を、ととのえる

電車に乗っていると、いつも同じ場所に座っている人を見かけることがあります。
時間帯も、車両も、ほとんど変わらない。
その人にとって、そこは“特等席”のようなものなのかもしれません。


一般席なのに、誰かの「いつもの場所」

「何時何分発、○両目のあの席」。
その人がそこに座っている光景を、何度か見たことがあります。

もちろん、その席は誰のものでもありません。
でも、その人にとっては、きっと一番落ち着く場所。背もたれの角度、車窓の見え方、隣の人との距離――
そのすべてが、その人だけの小さな「安心の配分」になっているように感じました。


座れなかった日の、あの人の表情

たまに、その“特等席”に別の人が座っていることがあります。
そのとき、いつもの人は少し戸惑いながらも、何事もない顔をして別の席へ向かいます。

でも、よく見ると――
やっぱり特等席に近い位置、似たような窓側の席を選んで座っているのです。

まるで、自分の居場所を探すように。
その姿に、なぜかクスッと笑ってしまいました。

「人って、どこかに“自分の定位置”を持っていたい生きものなんだな」と。


佇まいの中にある、ささやかな「人らしさ」

人にはそれぞれ、小さな“テリトリー”があります。
お気に入りの席、使い慣れたカップ、いつもの道順。

他の人には理解されなくても、自分だけが安心できる場所。
それはきっと、変わらない日々の中で、心の形を少しずつ整えていくための「儀式」のようなもの。僕も、他の人から見たら「いつも同じ場所にいる人だな」と思われているのかもしれません。
そう思うと、少しくすっと笑えて、なんだか温かくなる。


静けさの中にある、やさしさを見つける

誰かの習慣や佇まいを、少しだけ想像してみる。
それだけで、世界の見え方は少しやわらかくなります。

特別なことは何もないけれど、
そんな「変わらない日常」こそが、実は一番美しいのかもしれません。

日常を見つめる視点を、そっと花に託して。


“ありがとう”のかわりに、静けさを贈る

誰にでも、心が落ち着く“いつもの場所”があります。
その小さな安心を思い出すように、
誰かの「居心地」をそっと包む贈りものを。

キクズノハナを贈る